ミニーちゃんの頭上のリボンと同等に、認められて当然なのだ

我が息子の1番好きな色は、ピンクである。

選択肢にピンクがあれば、それがサーモンピンクであろうが、ショッキングピンクであろうが、ピンク一択だ。

そのブレなさといったら、頭の上の大きなリボンを片時も外すことのない、ミニーちゃんと同等である。



一方、モノトーンを好む母にとって、ピンクは真っ先に選択肢から脱落する色のひとつである。

そのため、家の中の目に付く場所で使うものは、お互いが許容できる色味で落ち着くことが多い。

どちらかというと、
青みの強いピンクがお好み。

彼がピンクを選ぶ時、私は自戒の意を込めて、それをレジへと運ぶ。



その正体は、自分の頭の硬さ、今どきの言葉でいえば「多様性」の不足。

「ピンクは女の子が選ぶ色」という、全く根拠のない、かといって幻想ではなく、世間的に明確に存在する偏見が、自分にもまだ根付いていることに、自分で嫌悪感と危機感を感じるからである。

(その一方、自らはピンクが好きだったことなど、人生で一瞬もない)

絶妙なニセモノ感。

海外へ行くこと、またそこで多様な文化を目にして触れることは、私の人生で最も心躍る出来事の一つである。

その経験をしたいがために、日々三半規管を鍛えていると言っても過言ではない。

だからこそ息子と一緒に、まだ見ぬ世界に身を投じてみたいと思っている。



それは子どもの教育上、ということは勿論1番にある。

そして同時に、自身にパラダイムシフトを起こし続けるキッカケが必要であり、それを常に探している。



そんな中で出合った、ある意味で世界水準の「多様性への学び」の機会を、

あなたにも提案したい。

「normal?」 / 井手上 漠 著

モデルなどで活躍されている、井手上漠さんのフォトエッセイ。



私は普段、テレビもラジオもない殺風景な部屋で暮らしており、

ネットサーフィンの習慣もないため、興味の枠外にある情報は入ってこないようになっている。



その状況を主体的に打破するため、定期的に大型書店を巡回している。

漠さんとは、そこで出合った。

芸能情報などは最も疎いため、漠さんのことは全く知らなかった。



どこからどうみても、可愛い女の子だ。

しかし事実、生まれた時の性別は「男性」。

だが今は「性別なし」と公表している。

とらわれない。
言うが易し、です。

それを今の世の中で、公表できる域へ達すること自体、相当な苦難があったことを察する。



漠さんの、自身への理解はこうだ。

  • 女の子らしい格好をしている自分が、自分らしいと感じる
  • でも、女の子になりたいわけではない
  • からだが男性である自分も大切に思っている



人は無意識に、白黒つけたがる。

この場合でいえば、男なの、女なの、と。

どちらでもない存在の本心を、私は初めて明確に認識した。

そして、既に周りにいるLGBTQの友人たちへの理解も、少し深まったように思う。



ピンク色を好み、リボンのついたお洋服に関心をよせ、電車やミニカーに夢中な息子。

そんな彼のありのままと漠さんを、少し重ね合わせているのかもしれない。



本来はそれが自然な姿であるにも関わらず、周りが既存の価値観を押し付けているだけのこと。

それが大きな問題に発展してしまっていることが、よくわかる。

その事自体には、良いもわるいもない。

ただ、自分が取りたいスタンスはどれか。

考える良いきっかけになるだろう。



また作中には、漠さんのお母様とのエピソードも数多く出てくるが、

このお母様の漠さんへの向き合い方が、また素晴らしい。



幼児教育で口酸っぱく言われるところの、

子どもの行ないではなく『子供の存在そのもの』を受け入れ、尊重すること

これを見事に体現されているからだ。

人の親であれば、その在り方を学ばせて頂く価値はある。



そしてそれは子育てに限らず、社会生活でも、また自分自身に対しても必要な視点でもあるだろう。

世間に流されるまま人生経験を積んできてしまった、

凡人代表の私のような人には、どれだけ肝に銘じても銘じ過ぎることはない。



勿体を発揮した人は、本当に美しい。

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