教育について結構考えていて、気づいた重要なこと

2歳2ヶ月の息子を見ていて、つくづく感じること。結論から言うと

興味のないことは、身につかない。

幼児教育でも本当に色んなメソッドがあって、あれもこれも気にはなるのですが、本質的にはコレを大事にしたら良いんだろうなぁと思っています。

興味がある→身につく

わかりやすい例をいくつか。

息子の場合

彼はいま、絵画鑑賞にハマっております。

毎日見せている七田式の「名画カード」に出てくる画家の名前と作品が一致するものが増えてきて、見ていておもしろいです。

モネ、マネ、ゴーガン、ゴッホ、ゴヤ、オウキョ(円山応挙)、コウリン(尾形光琳)…

と、比較的カンタンに発音できる人名なら、絵を見ただけで当てられるので、覚えているけど発音できないだけの画家も多数いると思われます。

親としては、ひょっとしてこの子は頭がいいのでは…と思いたくなるのですが、全然そういうわけではなさそうで、赤色と青色は逆に覚えてしまって直らないし、数字は1、3、5しか覚えてない。なんで奇数だけ?

興味がないものは、その程度なんだなぁと。無理強いせずに絵ばっかり見せている母。

わたしの場合

一応大きく曲がることなく大学を卒業したわけですが、そこまでの間で習ってきた科目としての学びの中で、自分の身についているかどうかを振り返ってみました。

好きだった科目:国語・英語

国語は、今(得意かどうかは別として)文章を書くのが好きなこと、また文脈を理解して本を読めること、頭の中をなるべく言語化しようと努めてみること、に役立っていると言えます。

英語は今でも学習中ですが(もう何十年?笑)海外に行くなら基本のインフラのようなものなので。学校教育の英語が正しい方向に進んでいたかはとっても怪しいですが、嫌いにならなかっただけ良かった感じ。

苦手だった科目:数学・物理

完全にお手上げでした。凡人の私には、おもしろみを理解出来る日は来ない気がしてます。

科目の内容以外の要因として、

どんな人から学ぶか?

というのも大きくて、相手の興味を惹くような話し方をしてくれる先生と巡り会えれば、興味が持てたものもあったかもしれないです。(記憶にないってことは、いなかったのか…もしくは私が真剣に話を聞いていなかったか。笑)

ほかには歴史も、大人になって興味が出た時代や国については、いくつか知識を持つようになりましたが、学校の授業で聞いた話で身になっているものはほぼ無い、という残念ぶり。興味が持てなかったんでしょうね、ただ点を取るための暗記合戦に終始。

学校に行って授業を受けるということは、基本的に個人の好き嫌いや興味に関係なく、そのほとんどは自分が決定権を持たないところで、決められただけの時間的リソース、学費という経済的リソースも割くことになります。

そして結局、今の自分の血肉には繋がっていないわけです。

幼児教育でもその後の教育でも、色んなものを面白おかしく見せて興味をもたせること、これが重要なのだと思います。

旅でもそう、行く先々で見るもの触れるものが多様であればあるほど、選択の幅が広がります

理想の環境とは

まとめると、コドモにとって理想の学びの環境とは、

コドモの移り変わる興味関心に合わせて、本物の教育者から学べる環境

と言えると思います。日本の長年変わっていない基本の教育環境は、思い描くものとはちょっと違うなぁ。

どこか、そういう教育が受けられるところ、ないのかなぁ…と思っていたら、あるらしいです、スイスに。

8歳から通える学校で、例えば生徒が○○について学びたい!と言い出して、それを教えられる専門家が学校に在籍していなかったら、世界中から探し出して呼び寄せ、カリキュラムとして組んでくれるとのこと。

それだけ主体的に学びたい、と言える子になっている時点で、普通の子の頭3つくらいは余裕で抜きん出ているなぁと関心します。そんな世界があるのですね。

余談

その学校、学費が年間2千万円掛かるらしいです。笑

息子がその学校に通えるようになるのは、あと6年後…それまでに母頑張ろう。

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