だから、鼻からスイカを出したくなかった

あなたは、勇気があるタイプの人だろうか。

もしそうなら、その勇気を5割ほど、私に分けてくれないだろうか。



というのも、私は元来大変ヘタレであるためで、

その証拠に、妊娠が分かった瞬間に思ったことは、

「嬉しい」

ではなく、

「やばい」

であった。何という母親だろうか。

それは他でもない、出産に伴う痛みが怖すぎての、素直な感想であった。



迷わず無痛分娩を選択した、ヘタレ母の備忘録がこれから始まる。

おおよそ殆どの方には関係のない話ではあるが、

鼻からスイカを出す勇気がないあなたのために、書かせてもらおうと思う。

これは大変だ。

選択は自由でいい

これに関して特に日本では、まだまだ自然が良しとされる風潮があり、

ごく個人的な選択であるのが前提であるが、

私は自分の選択が100%自分にとって正解だったといえる。理由は3つある。


1.回避できる痛みは、回避するほうが合理的

これは、私の選択を快諾してくれた元夫の言葉である。

「痛みなく済む手段があるのに、

なんでわざわざ痛い方を選ぶ必要がある?」



家族に反対されるケースもあると聞くが、

決める権利があるのは、あなただ。


2.無事に生まれなかった可能性が高い

すべて滞りなく終了してから、

先生から世間話ついでに淡々と言われたことがある。



先生「へその緒が2周、首に巻いてたんだよね。」

母 「え。」

先生「あと回旋異常でね、なかなか大変だったよ。」

母 「え。」



この2つのコンボは、なかなかに難儀な状況のようだ。

■回旋異常

回旋異常が持続すると、陣痛がきているのになかなか分娩が進行せず、結果として分娩時間が過度にかかる遷延分娩せんえんぶんべん(初産婦で30時間以上かかっても生まれないこと)につながる可能性があります。最終的には、適切な時間内に出産に至らず「分娩停止」と判断されると、器械分娩や緊急帝王切開術が必要になることもあります。

Medical Note

■へその緒2重巻き(臍帯巻絡)

分娩経過中に発生した場合には、陣痛時の子宮収縮により臍帯部分が圧迫されます。これにより胎児への充分な酸素が送られず、胎児心拍の低下が認められることもあります。また胎児に巻きついているぶん、臍帯の長さが短くなり、陣痛がきていても、なかなか胎児が降りてこられない状態となり、遷延分娩につながる場合もあります。

Medical Note

自然分娩を選択して同じ状況になれば、

ヘタレ母は無事であったか自信がない上、

息子が無事に生まれなかった可能性があると言われると、

何よりゾッとしたことを思い出す。



先生と助産師さんが腹を押したり引いたりと、

不器用な親子のために尽力してくださったお陰でもあるが、

当人がノホホンとしていられる「無痛状態」だったことも大きい。


3.産後の回復が爆速

産後すぐに家族で撮った写真を、のちに見た友人(自然分娩を3回経験)が一言述べた感想。

「無痛分娩だとキレイな顔してるな~」



無痛分娩だと、母体の消耗がかなり抑えられる。

産後すぐ、生まれたばかりの我が子と、

余裕のある微笑みで写真におさまる体力が残っている。

のちにこの余りある体力に、大変感謝することになるのだ。

なぜなら、この人が大暴れするからである。

何事もそうだが、出だしは肝心だ。

万事うまく行く必要はないが、特に不慣れな初段階では、大きく躓きたくないのが人情。

そういった意味で、人生の節目にひとつ良いスタートが切れたと思う。


私がお世話になった産院は、東京都世田谷区の杉山産婦人科。

担当してくださった先生は、あいにくもう退任されたようだ。

主治医を決めるにあたっては、無痛分娩担当の先生全員とお話しして決めさせてもらえた。



結論から言うと、安心してお任せできる産院だと思う。

というのも、私も病院を決める際に他も含め散々調べたが、

「ここは大丈夫」といってくれる経験談は本当に少なかった。

100%は、どこを選んでも有り得ないことを前提に、

どのみち、どこかを選ばなければならないのだ。

誰か決めのために背中を押してほしいと、当時の私は思った。



主観だが、私にとっては

何一つ不満のない、安全な1週間だった。



細かい状況は時と共に移り変わるが、

病院の理念や在り方は、本質的にはそう変わらないだろう。

安心。

余談がひとつ。

息子は4月2日生まれなのだが、予定日は3月31日だった。

2日後で次の学年に切り替わる、節目の時である。



3月末生まれの子と4月生まれの子は、ほぼ丸一年違うのに同学年になる。

そのためできれば4月に生んであげたいと、予め先生と相談していた。



ところが、いざ予定日が近づくと、早めに陣痛が来ることを恐れたヘタレ母は、

「予定日前に計画で生みたいよう」と寝言を大声で。



淡々としていながら人情深い先生は、

「男の子なんだから、もうちょっと頑張って4月生まれにしてあげようよ~」

と説得してくれ、4月2日に分娩室を手配してくださった。



後から聞いた話、先生も4月2日生まれなのだそうで、

小学校中学年くらいまでは、その恩恵をかなり受けたそうだ。

ご自身の誕生日に頑張ってくれた先生から、

息子は生まれて早々、ふたつのギフトを受け取ったことになる。

日本で進学すれば…ね。←来年海外移住予定

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